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極私的 芸術性テスト用アルバム その1





(1)ヴィクトリア:レクイエム
 


当然アナログのオリジナル盤で聴くのが望ましいのですが、世界で初CD化されたこちらでも相当凄いアルバム。ふんわり柔らかに妖しく漂うコーラスは、より高い解像度を求めてハイファイの光を不用意に当ててしまうと台無しになります。



(2)ヴィルヘルム・バックハウス / 最後の演奏会


こちらも有名なアルバムですがその芸術性に相応しい再生は現代ハイファイ系システムだと難しいところがある印象。ワイドレンジな再生音だと相対的に中音域がスリムになってしまいますし、制動力が高すぎるパワーアンプだと低域が美味しくビヨンと膨らまない。


(3)ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱つき』(録音:1998年10月)

メラニー・ディーナー(ソプラノ)、ペトラ・ラング(アルト)
エンドリク・ヴォットリヒ(テノール)、ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
フィリップ・ヘレヴェッヘ(指揮)シャペル・ロワイヤル、コレギウム・ヴォカーレ

名演。上記した2枚とは異なり現代ハイファイな録音。古楽系によくある温度感が低め、薄い中音域な演奏と録音。それだけに管弦の各楽器の音色の描き分けと緩急強弱の抑揚に長けたシステムでないとモノトーンで1本調子になってしまう。しかし名演に変わりはないのでよっぽど変な音でない限り芸術的感動は得られます笑。



いつもながら私事で恐縮ですが、試聴会で再生されるアルバムを自宅でオーディオ的に上手く再生できるように調整すると肝心の愛聴盤の再生がかえってダメになることが日増しに多くなっておりまして、


少しずつそういうアルバムをご紹介?します。途中で止めるかも知れませんけど笑。


「誰の参考になるのか? 誰の参考にもならないのだ!」


一般論クソくらえ。特殊こそ普遍。店員S田でした。














夏バテには現行マランツじゃないだろうか?



いつもながら私事で恐縮ですが先日からバテています。おとといの激務からまだ復活できていません。自慢じゃないけど多分当店は世界で最も忙しいオーディオ専門店だと思うんです。


MARANTZ:SA-12


そして私のメインシステムは昔のイギリスの真空管セパレートアンプなのもあって、音も球も熱いんです。





特に昔のアナログ録音盤を聴くと実に素晴らしい音。もう何もいじりたくない私のメインシステム。大好きな私のシステム。世界サイコーの・・



同 SA-10


ですが夏の暑さで体力を奪われる日々が続くと、涼やかな音がする、物理的に熱くならないアンプが恋しくなるのが人情というもの。生身の人間ですから。







同 PM-12




同 PM-10


まあ一応寝室用に PM-5005 も持っているんですがさすがに非力なので 12 コンビか 10 コンビ で涼をとりたくなくもない。


ヒンヤリする音という点では PM-10 かな。あれはかなりヒャッコイ。


・・・すみません。今日はそれだけなんです。花嫁募集中の店員S田でした。


※ 写真協力:お茶の水店

YouTube




YouTube を再生しています。










ちょくちょく広告で中断されはしますが実質無料でこの音質なら文句のあるはずもなく。


Apple Music や YouTube を iPhone で再生して、良質な DAC で D/A変換すれば音楽をさほど不満を覚えない音質で聴けてしまう。正直CDを探し出してトレイに載せる動作がおっくうになりつつあります(^^;)。これからデジタルはリッピングに手間とお金をかけることさえせず、ストリーミングの音質だけを追究し始めてもいいんじゃないか? と思わなくもない店員S田でした。DP-750 は欲しいですけどね。



フランスの音 その6草稿





このアルバム。曲と演奏が要求する崇高、そして野生を再生しきるのはかなり難しいです。


酒井健 『ゴシックとは何か』ちくま学芸文庫 によると大自然に根差した土俗の信仰がまだ残る時代に敢えてその大自然のイメージを導入することでキリスト教化の手段としたともいう、ゴシック建築様式による聖堂。


そのゴシック聖堂に響いていたのは例えばこのアルバムに収録されている聖歌だったわけですが、初めて聴いたときはかなりの衝撃を受けたものです。いわゆるキリスト教聖歌とは違い過ぎました。血の味がする聖歌です。


下手に再生した軽過ぎる速過ぎるファビオ・ビオンディのヴィヴァルディ、あるいは逆に下手に再生した重過ぎる遅過ぎるチェリビダッケのブルックナー、当然ながらそのどちらでもなく、近代個人主義成立以前の中世ヨーロッパの音楽をその時代精神にふさわしく再生するのは結構難しい。近代個人主義が多少なりとも揺らいで以降の(シェーンベルク以降の)現代曲の再生も違う意味で難しいのですが。


ということで、今回は このアルバムの正しい再生にチャレンジしてみましょうか。


「 正しい再生 」を目指すのであればこのアルバムなら当然アナログ盤で。


そしてその再生が正しいか正しくないかの判断は、「 作曲家のあるいは演奏家達の熱い想いが伝わってくる 」といった類のチープな常套句がレビューの文面に並ぶか並ばないかに依ります。すなわち仮にも中世の宗教音楽であるからには、安っぽく近代個人主義的な安直印象批評が正しいわけがない。再生が正しければそのレビューも正しいものでなければならない。


具体的に聴くべきポイントはですから、


(1) 森の木々の高さ=ゴシック聖堂内部の柱の高さが、音楽あるいは当時の信仰において志向された芸術性精神性のそれとして表現されているか?

(2) 














流行ってるらしいので




世間でいま流行っているらしいですね。この曲。





世俗からある意味超越した当店もたまには時流に乗らなければ。







・・この写真見る限りやっぱり超越したまんまですね。かまうものか。店員S田でした。


フランスの音 その5




ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)はデジタル録音のアルバムが多いので、





BAM や FORLANE、ERATO等の古いアナログ盤ばかり買っている私でも





CD再生で手抜きするわけにはいきません。





芸術性を追究するに値する作品であるならばアナログ、デジタルいずれにおいても


妥協するわけにはいきませぬ。


というわけで、先日の試聴で姿かたちと音の双方に疑似科学的な衝撃を受けたアクセサリー、





この 一見してオカルト過ぎる彼(SIXTH ELEMENT:HE-R1 PRO)がカントロフでも芸術性を高める方向に再生音を変えるのか、それともハイファイ性を無駄に強調するだけなのか、


露骨に極私的な関心をもって試聴してみました。





まず HE-R1 PRO 無しで聴いたあと、





ステッカーが貼ってある面を下にしてCDの上に載せて聴きます。





ブラームスは直接音主体の録音なので弦の子音成分も結構聴こえていたのですが、HE-R1 PRO を載せるとそのざらつきの美味しさを人工的に消して無駄な化粧をさせるようなことはなく、弦もピアノも密度感が高まり、音色はダークなままに潤いを増しています。そして肥大していた音像がキュッと適正な大きさに絞られました。


では次。パガニーニ。









こちらはうってかわってホールトーンがかなりのる間接音成分の多い録音。


HE-R1 PRO 無しで聴いたとき、今回使用したスピーカー KRIPTON:KX-1000P ってこんなに低音が混濁したかしら?と驚いていたのですが、


HE-R1 PRO を載せると、低音の混濁が嘘のように解消。



そして HE-R1 PRO 無しのときは特にヴァイオリンに感じていた妙なびりつきが消えてナチュラルな音色に。


どうやら HE-R1 PRO、どんなソースでも芸術性とハイファイ性を高次に両立させるアクセサリーのようですね。 こうなると気になるのはやっぱり上級機ということになります。HE-R1 PRO はバランスが良いので、意外と上級機はハイファイに偏ってたりしないだろうか? 期待と不安に胸が高まる店員S田でした。






フランスの音 その4




先日聴いた 仏 Real Cable 社の XLR 12162 がかなり個性的で面白かったので、





今日は同社の CA REFLEX RCA を聴いてみましょうか。









このCDはかなり前に知人がパリ土産にくれたもので、たまに再生すると






ヨーロッパのアパートメントのリビングで、松下やデノンやマランツの背が低いエントリークラスのプリメインアンプとプレーヤー、そして欧州メーカーのバジェットなトールボーイスピーカーあたりで構成されたシステムでもって、やたら日が長いのでまだ外が明るい夏の21時頃に冷えてないビールを飲みながらのんびり音楽を聴く様が思い浮かびます。


私も大学2年の夏休みにハンブルクに1か月だけホームステイして語学学校でドイツ語をてきとーに学んでいたことがありますが、


ステイ先のリビングに Panasonic の インテグレーテッドアンプがあったので「これ日本製だよ」とアンドレアにわざわざ教えたのはステイ初日に「日本食を用意したわ」と、インゲンと一緒に調理された謎の甘いお粥を食べさせられたからかもしれません。






閑話休題。 まず スウェーデン ヨルマデザインの Trinity RCA で聴きます。





電子音が多く、残響成分もあからさまに電気的に加えられた典型的な現代ポップス。


人工音=倍音成分が必然的に無い、あるいは少ないというオーディオファイル的には哀しい現実を Trinity は容赦なく露呈させます。しかしオーディオ病が重篤な我々にはフォーカスが定まってノイズフロアが低くなったのでハイファイ度が増しある意味気持ちいいとも言えるのですが笑 世間の方々には違うかも?。







では次。CA REFLEX 。





Trinity とはそもそも価格が違い過ぎてハイファイ性能において CA REFLEX は劣らざるを得ないわけですが、ローファイで聴く方が粗が目立たなくて音楽的には聴き易い的な話ではなく、


やはり Real Cableのケーブルは独特の音色と質感を聴かせます。


あまり他のケーブルでは聴けないトロンとした音色、質感描写。でありながら、子音成分だけは絶妙に乾いてアクセントとして機能する。これはフランス語の発音と関係があるのでしょう。


そういえばケーブルではなくスピーカーですが、オルトフォン・ジャパンから以前 KAILAS SS200 というスピーカーが出ていました。


このスピーカー、子音の表現に独特なものがあったのです。それもそのはず、音決めをしたのは日本人の方で、日本語の発音を研究して日本語が聴きとりやすい=日本人の耳が敏感な帯域やテクスチャの表現を相当意識したチューニングを施されていたのです。


昔からよく言われてきたことではありますが、やはりオーディオ機器のチューニングにおいて母国語の発音というものは陰に陽に関わるのでしょうね。


つづく。店員S田でした。


























けだるい午後のアクセサリー館。




暑いですねー。











けだるい午後の当店でした。




LUXMAN:L-505f












audiounionDAY vol.8 用にお借りした FOCAL:KANTA   N゜2 と LUXMAN:L-507uX Mk.IID-05u が幸いにもまだ当店にあるので、色々再生しています。


我が家の LUXMAN:L-505f はまだ現役で、左CHのメーターが動かなくなった以外問題なく稼働しています。


Monitor Audio:Bronze 5  と組み合わせて鳴らしているのですが、昨晩ふと思いつきスピーカーケーブルを先日 HARBETH:HL Compact 用に買った DH Labs:Q10 Progressive BW に換えたところ弦の重なりが強烈に魅惑的になりまして、


プリアウト-パワーイン間のジャンパーケーブル  をもっとクオリティの高いものに、加えて 電源ケーブルを付属の JPA-10000  から  JPA-15000 に換えようかと考え始めています。いつもながら他に考えることはないのでしょうか。店員S田でした。





フランスの音 その3草稿

フランス現代思想におけるかなりメジャーな哲学者・思想家達の言説が疑似科学的論拠に基づいて展開されていると告発され激論を呼んだいわゆる「ソーカル事件」。


たしかにフランス現代思想の諸著作における無駄と言えるほどに饒舌でペダンティックな議論は眉に唾したくなるものがありましたが笑、ヘーゲル『自然哲学』を持ち出さずとも近代以降の西洋哲学史においては科学的な装いをまといながら科学的にはナンセンスな論拠に基づいて議論がなされる例は多いわけでフランス現代に限る話ではないかとも思います。ともあれ、


科学的にナンセンスな理論に基づいたらそもそも音が出ないか、あるいは単純にオカシナ音が出ますから、その限りでの客観性は確保できるのがオーディオの良いところです。


しかも、オーディオは科学だけでは成り立たない。感性的な面無しにオーディオを論じることはできません。それが例えばケーブルの導体は撚り線と単線どちらが良いかについていまだに「正解」が定まらない理由のひとつではありますよね。




メシアン:オルガン作品全集(ラトリー)
パリ・ノートルダム楽派の音楽とランス大聖堂の音楽(デラー・コンソート)
ジョルジュ・バタイユ:『ランスの大聖堂』ちくま学芸文庫